ときわ鉄道情報局

鉄道車両に関する記事・鉄活動記録の他、模型の紹介なども掲載していきます。


京成3300形の、赤電塗装です。

2009年3月に赤電塗装に変更され、引退まで活躍しました。

赤電塗装のリバイバルは、2007年に3200形3298編成がイベント列車(リバイバル開運号)として運転される際に同様の塗装となっているので、これが最初ではありません。

この塗装は、1959年に登場した初代3050形で始めて採用され、以降他の一般車もこの塗装となりました。

この塗装は3300形まで採用されましたが、その後増備された3500形はセミステンレス車体で、以降の車両は電塗装となりました。

1980年以降、京成電鉄では塗装コストの削減を図るため、普通鋼製車の塗装をより簡略化したブァイヤーオレンジ塗装に変更したため、この赤電塗装は1982年に消滅しました。





京成電鉄の100周年を記念した3300形のリバイバル塗装は、既に紹介した、青電、赤電、そしてこのファイアオレンジの3色が登場しました。

このファイアオレンジ塗装は、塗装工程の簡略化などによるコスト削減を図る目的で実施され、普通鋼製の一般車が1980年から1982年頃までにこの塗装になり、1993年頃まで使用されていました。

この塗装、それほど悪くはないとは思いますが、当時はあまり評判は良くなかったようです。

写真の3312編成は、2009年9月にこの塗装に変更され、2013年3月に引退するまでこのまま運用されていました。






北総鉄道の7000形です。

北総鉄道(当時は北総開発鉄道)が1979年に北初富駅-小室駅間に開業した際に導入された車両で、6両編成3本が導入されました。

当時は、北初富から、新京成線へ乗り入れ、松戸駅まで顔を出していました。

その後、北総線が京成高砂駅-新鎌ヶ谷駅間が開業すると、新京成への乗り入れが解消し、新たに京成電鉄・都営浅草線・京浜急行との相互直通運転が開始され、7000形は中間車2両を増備して8両編成3本になりました。

直通運転が開始された際、先頭車が非電動車であった7000形は例外的に京浜急行への乗り入れが認められましたが、やはりその後京浜急行側乗り入れ要請により、先頭車は電動制御車に改造されました。

7000形は、その後も活躍を続けましたが、老朽化の為2007年までに全車引退となりました。


北総鉄道の7260形です。

一目で京成電車のお古だと分かりますが、厳密には京成電鉄の3300形(3308編成+3316編成)をリースしたもの。

当時は、北総線唯一の抵抗制御車でかつ地下鉄直通車両として現役最古の車両ということで、とても貴重な存在でしたが、2015年3月に引退してしまいました。

VVVFインバータの最新型電車と肩を並べて、モーター音を唸らせて豪快に浅草線や京急線に乗り入れる、7260形編成は結構迫力がありました。


新京成電鉄の800形です。

自分がこの車両を撮ろうと思った時は、既に8両編成2本が在籍しましたが、朝夕のラッシュ時間に動いているのみで、日中は滅多にこの車両を見かけることがなく、なかなか走っている写真を撮れませんでした。

晩年の800形の前面は、廃止・固定化した貫通扉に幌枠のようなステンレスの飾りが取り付けられ、前照灯や尾灯が京成3200形更新車のような配置で、、個性的なデザインとなっていました。



いすみ鉄道200型です。

1988年のいすみ鉄道開業時に導入された車両(当時はいすみ100型)です。

老朽化が進み、他の第3セクターに導入された車両の置き換えが進む中、いすみのレールバスは、同線の存続問題が議論されていたこともあり、そのまま使用され続けてきました。

2010年以降、キハ52やいすみ300形の導入などにより淘汰形進み、現在は206が運用予備車として残るのみとなっています。


総武流山電鉄(流鉄)の2000系、「なの花」です。

自分が撮り鉄を始めた10年前頃は、まだつくばエクスプレスば開業しておらす、この鉄道もかなり沢山の利用客がいました。

朝夕のラッシュ時間帯は、3両編成の列車をメインとなり、満員の利用客を運んでいましたが、日中は2両編成の列車で運用されていました。

当時、2編成は2000系の「なの花」「青空」の2編成しかなく、日中訪れると、いつもこの2編成ばかりが走っていました。

「なの花」は黄色基調なので、西武電車を連想させます。




つくばエクスプレス開業前の総武流山電鉄(現:流鉄)には、流星・流馬・明星・若葉の3両編成4本と、なの花・青空の2両編成2本の計16両が在籍していました。

しかしながら、2005年のつくばエクスプレス開業後はそちらに利用客を奪われる形で大幅に減少し、その年は前年(2004年)と比較して乗車人員が16%もマイナスとなりました。

そのため、同鉄道では2009年から2013年にかけて、老朽化も進んでいた既存車両を2両編成5本に置き換え、全ての列車を2両編成としました。

写真の若葉も2011年に引退となり、同鉄道から3両編成はなくなりました。



総武流山電鉄の2000系「青空」です。

元は西武鉄道の801系4両編成を2両編成に縮めたもので、具体的には中間車モハ803+804のユニットにそれぞれ編成の制御車の運転台を移植したものです。

もう1編成あった2000系の「なの花」も、同様に2両編成化された上で流山に搬入されました。

総武流山電鉄の車両は、1994年以降導入されたものは全て西武鉄道からの譲渡車で統一されています。


先月末、銚子電鉄のデハ1001が引退となり、そのイベント(さよなら運転)があったので、銚子まで行ってきました。

デハ1001は、桃太郎電鉄のときは結構みかけたのですが、銀座線塗装になってからは、走行している写真をまだ撮っていなかったので、これが最初で最期の機会となりました。

(晩年は老朽化のためほとんど動かず、予備車状態だったので、訪れでもほとんど車庫で寝ていました。)

当日は、結構沢山のフアンが来ていました。