ときわ鉄道情報局

鉄道車両に関する記事・鉄活動記録の他、模型の紹介なども掲載していきます。


京葉久保田駅に停車中のKD602牽引の列車です。

KD60形は、KD55形の後継機となる車両で、4両が在籍しています。

このKD60形形ベースとなり、鹿島臨海鉄道のKRD64や名古屋臨海鉄道のND60、そして先日このブログでも取り上げた神奈川臨海鉄道のDD60形が製造されたそうです。

水色の車体は、同じような水色や、黄緑など、明るい塗装のコンテナを後ろにつけると似合いますね。






貨物時刻表を見ると、他の臨海鉄道などに比べて京葉臨海鉄道は運転本数は多く、結構賑わっているような気もしますが、いろいろ歴史を調べて見ると、かつて使用していた路線や引込線が現在廃止されているものも多く、鉄道貨物輸送の衰退を実感することができます。

ちょっと真面目な内容になってしまいますが、京葉臨海鉄道の貨物輸送量は、食品北線・南線が開業した1975年は約2,456千トンだったのに対して、2003年には2,236千トン、2014年には1,837千トンと大幅に減少しています。



前回の話の続きになってしまいますか、臨海本線から各沿線の工場など敷設された専用専のうち、現在も使用されているのは、浜五井駅からコスモ石油への専用線、甲子駅から極東石油工業への専用線、北袖駅から富士石油への専用線、それとたまに使用される京葉市原駅から富士電気への専用線ぐらいかと思われます。

一方、コンテナの取り扱い駅は、千葉貨物駅、玉前駅、京葉久保田駅の3駅で、構内が広く、貨車や機関車の検修区がある千葉貨物駅がこの路線の主要駅となっています。

前川駅とか椎名駅は、貨物列車の発着はないようです。


京葉臨海鉄道KD55102号機です。

KD55形はDD13タイプの機関車で、自社発注機や元国鉄のDD13の更新機(つまり、本物のDD13)が混在しています。

このうち、102号機は1992年に新製された自社発注機で、車体の直線的なデザインやひさし付きの角形前照灯などが、国鉄DD13形とは異なり、外観上の特徴となっています。



今回から志向を変えて、数年前まで千葉を走っていた車両をしばらく掲載したいと思います。

(決して、写真のネタ切れしてしまった訳ではありません。)

ということで、今回は申し訳ありませんが
失敗作のへたっぴな写真を掲載してしまいました。

こんな写真しか残っていなかったのですが、2005年12月まで千葉地区の特急用として使用されていた、183系0番台車です。

183系基本番台車は、1972年に登場、途中でモハユニットとサロの一部が松本運転所に転属した以外は、最後まで幕張電車区に所属で、房総・総武本線系の特急や中央本線の特急あずさなどで運用されていました。


総武快速線を走行する、183系特急あやめです。

クハ183形先頭車の前面は、分割併合を考慮して、既に導入実績のある、581系・583系と同様の貫通形スタイルとなりました。

この貫通形スタイルは、同時期に導入されたクハ481形200番台車や、クハ381形などでも採用され、当時の国鉄特急形の標準的な顔のデザインとらなりました。

しかしながら、実際にこの貫通扉を活用した、特急列車の分割併合、または編成の増結などはほとんど行われず(全くなかった訳ではないそうですが)、寒冷時にすき間風が運転台に入ってきたり、貫通扉を設けた分運転台が非常に狭くなってしまった等の理由により、その後登場したクハ183形1000番台、クハ481形300番台、クハ381形100番代では、貫通扉は廃止されてしまいました。

個人的には、貫通形の方がカッコ良く、気に入っていました。




蘇我駅に停車中の183系1000番台です。

2005年12月のダイヤ改正で、183系は、千葉管内の特急列車(さざなみ、わかしお、しおさい、あやめ)の運用から全て撤退しましたが、1000番台車はその後も幕張車両センターに残り、臨時列車やホームライナーなどで使用されていました。

この写真は、確か臨時の特急わかしお号で使用されていた時に撮ったものかと思われます。

幕張車両センターの183系(189系との混結編成を含む)は、その後2013年まで残っていましたが、同年12月に最後まで所属していた2編成が廃車となり、配置0となってしまいました。



183系の非貫通形、1000番台です。

元々1000番台の導入した経緯は、房総特急とは関係なく、上越線特急ときで使用されていた181系の置き換え用として登場しました。

当時開発中の189系をベースに、横軽対策装置を省略する形で作られました。(実際には、189系の方が後に製造されました。)

そのため、登場後しばらくは、千葉地区の特急では基本的には使用されることはありませんでしたが、上越新幹線開業後は特急ときの廃止で余剰となった1000番台車が、房総地区急行の特急格上げ用として幕張に転出。

更に長野新幹線開業後は、横軽対策装置が不要となった189系が183系と合わせて運用されるようになったため、幕張から183系が撤退する直前の末期には、183系基本番台、1000番台、189系全てが見られる状態になっていました。

183系1000番台と189系とは、基本は同じ車両なので、末期には混結した編成見られました。


成田エクスプレスで運用されていた、253系です。

1990年に登場後、以降20年近く、同列車専用の形で使用されてきましたが、成田スカイアクセス線開業と新型車両導入により競争力を高めた京成電鉄に対抗する為、2009年10月から2010年6月にかけてE259系に全て置き換えとなりました。

置き換え後、2002年に増備された200番台は日光・鬼怒川方面東武直通用に転用されたもの、初期に導入された基本番台については、3両編成2本が長野電鉄に譲渡された以外は、全て廃車・解体されてしまいました。

253系よりもずっと以前に作られた651系や185系などは今でも現役で活躍しています。

まだ長く使えた車両だとは思いましたが、あの寿命10年と言われ、同時期に登場した京浜東北専用の209系が今も房総ローカル線で使用されていることを考えると、もったいないですね。



写真は、もう後継車となるE259系が登場し置き換えが開始されたころに撮った、晩年の253系で、堂々の12利用客編成です。

253系は、デビュー当初は全車3両編成で、東京ー成田空港間は2編成併結の6両編成で運行、東京駅で分割してそれぞれ新宿方面の横浜方面に分かれて運行していました。

しかしながら、その後利用客が大幅に伸びたことから、中間車が製造され基本編成の6両化が進められ、晩年には6両編成2本併結の12両編成で東京ー成田間を走っていました。