ときわ鉄道情報局

鉄道車両に関する記事・鉄活動記録の他、模型の紹介なども掲載していきます。


流山駅で休む、5000系『流星』です。

5000系は、元西武鉄道の新101系の2両編成で、編成中2両とも制御電動車です。

2009年以降に導入が開始され現在までに4編成の計8両が導入されました。

従来の車両同様、編成毎に愛称が与えられ、車両の塗装もそれぞれ愛称に合わせて異なります。

写真の5002編成『流星』は2011年3月に営業運転を開始しました。

この『流星』の塗装色が、この鉄道の昔からのラインカラーだったと思いますが、今は編成毎に色が違うので、どれがラインカラーか分からないですね。


流山駅で5000系『流星』が休んでいる隣に、2000系『なのはな』がやってきました。

新旧の顔合わせです。

こんな光景ももう見れなくなってしまいました。


流鉄の終着駅、流山駅の駅舎です。

ローカル線私鉄によくありがちなちっちゃな駅舎です。

1988年に『東京近郊にありながらローカル色のある駅』として、関東の駅百選』に選定されたそうです。

つくばエクスプレス開業の影響による利用客数の激減がよく言われていますが、1日平均の利用客数を見てみると、つくばエクスプレス開業前が3千7~8百人程度であったのに対して、開業後は1千4~5百人程度と6割程度も減少しており、かなり厳しい状況になっているようです。

1面2線の島式ホームでこじんまりとしていますが、検車区や側線もあり、ミニ私鉄のNゲージレイアウトを考えている人なら参考になりそうな駅です。


流山駅構内全体を、平和台側の踏切から撮った写真です。

4~5年前にも同じ場所から写真を撮りましたが、そのときとは写っている車両が全く変わっていますね。

一番左側でホームで寝ているのが5002編成の『流星』、右側の側線に留置されているのが5004編成の『若葉』です。

流山駅は1面2線の島式ホームですが、朝夕の通勤時間帯以外は検車庫側1線しか使用されず、日中反対側のホームでは、写真のように運用に入っていない車両が寝ていることが多いです。


流山駅すぐそばの陸橋から駅構内を撮った写真です。

側線の手前に見えるのが5004編成『若葉』、その先にあるのが5001編成『流馬』です。

ところで、輸送合理化の始まる前(2005~2006年頃)の流鉄(総武流山電鉄)の保有車両は、3両編成が4本と2両編成が2本の計16両でしたが、今回の『なのはな』が引退した後は2両編成4本の計8両のみと、半分の車両数になってしまいました。

同鉄道の厳しい状況が良く分かります。


駅の構外から撮影した、検車庫内の様子です。

中に入っていたのは、5001編『流馬』です。

新型車両5000系(といっても元西武新101系ですか…)の中では一番最初に導入された編成で、2010年1月に営業を開始しました。

この車両の走行している写真も撮りたかったのですが、残念ながら台車を外して車検中でした。

撮影は、また次の機会に期待します。


流鉄5000系5003編成『あかぎ』です。

昨年3月から営業運転をはじめましたが、同鉄道では初となる電子ホーンが搭載されているそうです。

『あかぎ』という愛称の編成としてはこの編成が2代目となります。

初代『あかぎ』は1987年から2001年にかけて活躍した元西武551系の2両編成で、流鉄(当時は総武流山電鉄)では1300形を名乗り、2代目同様、車体はワインレットに白帯の塗装となっていました。


D5114とともに流山市総合運動公園で静態保存されているのが、キハ31です。

キハ31は、1933年から1934年にかけて内燃併用の許可を得て、流鉄(当時の社名は『流山鉄道』)が2両導入したうちの1両で、1949年に同鉄道が電化されるまでの主力として活躍しました。

汽車会社製の2軸ガソリンカーで、1963年に廃止になりました。

かつて、こんな小さな車両が走っていたんですね。


鬼怒川温泉からは、AIZUマウントエクスプレスに乗り換え、終点の会津若松を目指します。

車両は会津鉄道所有のディーゼルカーで、豪華リクライニング仕様のAT700/750形を期待しましたが、残念ながらそれより格下のAT600/650形でした。

鬼怒川温泉から北は、新藤原までが東武線、その先の会津高原尾瀬口までが野岩鉄道、更にその先からは会津鉄道となり、会津田島までが電化されています。

通常、会津田島以北の非電化区間がディーゼルカーの守備範囲ですが、AIZUマウントエクスプレスは、電化区間も乗り入れて、今回乗車した列車では、鬼怒川温泉~会津若松を2時間ぐらいで走ります。


実家から、千葉の自宅に帰る際、会津若松駅で見かけた、485系の快速「あいづライナー」編成です。

もとは青森運転所のA7編成で、2005年に改造され、この年に実施された「あいづディスティネーションキャンペーン」の際に運転された、新宿始発の特急「あいづ」に使用されました。

キャンペーン終了後は再改造され、東武乗り入れ特急「日光・きぬがわ」用として運用されていましたが、253系1000番台の投入に伴い、2011年に再び「あいづライナー」用として、再びここで活躍しています。

帰りも会津鉄道経由となるため、残念ながらこの列車には乗りませんでした。