ときわ鉄道情報局

鉄道車両に関する記事・鉄活動記録の他、模型の紹介なども掲載していきます。


仲ノ町駅にて、旧銀座線塗装と旧銚電塗装のコラボです。

仲ノ町駅は、入場券を購すれば隣接の車庫を見学できるので、ここを訪れたときはいつも車庫まで拝見させて頂いています。

車庫といっても非常に小さく、この日は、デキ3とデハ1001、200F編成が車庫で休んでいましたが、もうこれで車庫の中はいっぱいで、引退したデハ1002は車庫に入れることができず、外川駅に疎開留置されていたようです。

デハ1001の走行している写真をまだ撮れていないので、銚子電鉄はまた訪問したいと思います。


ツイッターでも似たような写真を掲載しましたが、銚子電鉄を訪れたこの日、2001F編成はデハ2001重要部検査のために運用を外れている最中で、前面は塗装がおこなわれているのか、2毎窓には新聞紙のようなものが貼られていました。

因みに、2001F編成はこの数日後に試運転を行い運用に復帰しているそうです。

現在の銚子電鉄の運用ダイヤでは、減便されたとはいえ、平日朝には2編成が必要となります。

運用できる車両は、銀座線色のデハ1001、グリーンの2001F、旧銚電塗装の2002Fの計3編成。

検査などで予備車が必要となることを考えると、ダイヤを維持するためのギリギリの車両戦力で運用していることになります。


銚子電鉄のマスコット、デキ3です。

銚子電鉄を訪れたときは、いつもこの車両を見てから帰ることにしています。

6月頃、仲ノ町駅構内がいっぱいだったため、一時的に外川駅構内に留置されていたようですが、私が訪れた7月に仲ノ町駅に戻されていました。

車籍はあるものの、法定検査の期限が切れてしまっているため、現在は本線走行はできませんが、常に有志によっ修理・点検が行われており、走行はできる状態のようです。

たまにここを訪れたとき、デキ3はいつもきれいな状態が保たれています。

この車両がいかに大切にされているを感じることができます。


銀座線カラーのデハ1001です。

訪れた日は、仲ノ町駅で休んでいました。

デハ1001は、2007年から5年間「桃太郎電鉄」塗装で走った後、2012年夏頃から銀座線カラーに変更されました。

その後、丸ノ内線カラーのデハ1002と共に運用され、2013年10月頃に検査となりましたが、仲ノ町駅構内でジャッキアップされ台車が抜かれたまま、しばらくの間放置された状態が続きました。

なぜそのままになっていたのか不明ですが、その間に銚子電鉄では、車両不足による減便のダイヤ改正があり、脱線事故があり、事故を起こした2002F編成が要修理の為使用不能となるなど、車両の運用上で様々な問題が発生し、銚子電鉄の存続も含めて、デハ1001の復帰そのものの危ぶまれていました。

しかしながら、その後検査を停止していた何らかの問題が解決したのか、2014年6月以降パンタグラフや台車の装着、試運転などが実施され、翌7月に何とか運用復帰しました。

デハ1001は、しばらくは元気な姿が見られるとは思いますが、相棒のデハ1002は老朽化により既に引退しており、今後いつまで運用できるか分かりません。

一方、車両不足の為今でも減便ダイヤで何とか凌いでいる銚子電鉄にとって、デハ1001は貴重な戦力であり、この車両が使用できなくなれば、今のダイヤですら運用できなくなるでしょう。

今後、デハ1001の代替を含めて、2編成分の車両の増備が必要不可欠なのは誰が考えても分かることですが、それだけの資金の捻出元はあるのか。

今後が非常に心配です。


引退したデハ1002に見送られながら、外川駅を出発する2002編成です。

2002編成は、2014年1月に笠上黒生駅で脱線事故を引き起こし、しばらくそのまま修理中なっていました。

銚子電鉄も車両不足でダイヤ減便のなり、経営的にも崖っ淵に立たされている状況の中で、2002編成の修理も危ぶまれていましたが、何とか2015年4月に奇跡の復活を遂げ、営業運転が再開しました。

約2千万かかったと言われる費用の一部は、地元高校生のインターネット上での募金活動によってまかなわれたとのことです。

運用復帰の際、2002編成はかつての銚子電鉄の標準色(ローズ基調にベージュのツートンカラー)に変更されましたが、2毎窓の湘南顔はかつての国鉄80系や70系のような塗り分けとなり、とてもかっこ良くなりました。